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ABE TAKAHIRO

特技
美容を通してハッピーを提供すること

出身地
群馬県高崎市

生年月日
1981年5月8日

血液型
O型

趣味
野球・サイクリング・お酒

資格及び受賞歴
美容師免許、某メーカー主催コンテスト 新人賞
『阿部 孝裕と対談』
都内とアメリカのサロンで経験を積み、ファッション誌・CDジャケットのスタイリストとしても活躍する気鋭の美容師・阿部孝裕さん。
その卓越した技術から 「自分らしさ」を追求する女性を中心に人気を集めています。

そんな阿部さんが2012年10月に「hair×make be-ta+(プラス)」をオープンさせました。
ヘアメイクに関するコンセプト、そして今最も旬なサロンであるhair×make be-ta+についてお伺いしました。
コンセプトはその髪型を撮った写真がいつの時代にも色褪せないこと

コンセプトはその髪型を撮った写真がいつの時代にも色褪せないことですね。

例えば1970年代のオードリー・ヘップバーンの写真は今見てもやっぱしいい なって思えるんですよね。
そのために王道の中にプラスしてトレンドを入れるということを心がけています。特に日本はトレンドがどんどん変わるので、3年前 の写真を見ても古いと感じてしまうことがあります。

なので、トレンドの髪型が今後、廃れていくのか、ずっと定番化していくのかを見極めて、ヘアスタイルを 仕上げていきます


近年ではデジタルカメラの普及によって撮影をする機会が増えました。
ちょっとした日常でも撮影するようになり、ハロウィンパーティーなどのイベントでは一 日で何十枚も撮影し、
ブログやソーシャルメディアにアップしたりと...。

そんなスナップショットを数年後に見返しても色褪せないための、確かな知識と、本物 の技術があるのだと阿部さんは言います。
では、実際のヘアメイクではどのように進められるのでしょうか。
まずは似合っていなければダメだと思う

まずは似合っていなければダメだと思うんですよね。
ですから同じカットでもできるだけその人に似合うようにします。
カラーに関しても肌や目の色の微妙な違 いに合わせます。

例えば、赤だったら赤でも、その人に似合う赤、似合わない赤というのがありますので、違和感のないように仕上げます。
また、スタイリング に関してはお客様が楽になることが一番だと思っています。
お客様が自分の髪型を作るのに簡単に決まるように心がけています。
このように一人一人のお客様に 対しての補助となるよう常に技術を向上しています


お客様とのイメージを合わせることを何よりも大切にするという阿部さん。
そのためにはiPadにタッチペンでシルエットを描くこともあるそうです。

こうし た阿部さんのこだわりにより、お客さんは自身がイメージするヘアスタイルが、色褪せない王道のものへとなり、
自分だけのオリジナルなものへ仕上がります。
そして、数十年後にも保たれる自分らしく美しいヘアスタイルが生まれるのです。
hair×make be-ta+までの試行錯誤の道のり 多くのサロンを転々としてきました

「多くのサロンを転々としてきました。アジアン・白人・個性派・ギャル系・コンサバ・ご年配と、一通りに特化したところで幅広くやってきてました」このよ うに語る阿部さん。hair×make be-ta+をオープンさせるまでの美容師としてのキャリアは大変に豊富なものでした。

阿部さんは小学校高学年のときから美容に興味を持っていたと言います。
以降、自分自身で髪を切ったり、染めたり、パーマを行うなど、阿部さんの美容への想 いは徐々に本格化してきました。
高校に入ると、当時、阿部さんが通っていたサロンのオーナーに美容師になることを進められます。
ヘアスタイルだけでなく オーナーのライフスタイルに憧れを抱いていた阿部さんはこれをきっかけとして美容師を志します。
16歳の阿部さんは高校に通いながら美容の通信専門学校に 通い始めました。


カリスマ美容ブーム

卒業を迎える高校三年生のとき、ちょうど世間ではカリスマ美容ブームが起こりました。
それまで一般的には余り人気の無かった美容師が一躍、大人気の職業と なり、阿部さんの友人たちは阿部さんの後を追うようにこぞって美容師を志望するようになりました。
これが阿部さんに火をつけます。「20歳までにスタイリ ストになろう」という明確な目標ができたと同時に、「同年代には絶対に負けたくない」という焦りが募ったと言います。

その後、卒業を迎えた阿部さんは憧れ のオーナーのサロンで働きます。
しかし、そこのお店は年配向けの高級サロンでした。
同年代の友人に認められるためにも、同年代のお客さんが来店するお店で 働きたいと阿部さんは考えました。
以降、焦燥感に駆られた阿部さんは若者向けのお店を中心に様々なサロンを転々としたと言います。


言ってみれば、『その店のこの技術が良い』と聞いたらまずはそのサロンで働きました。
そして自分で納得がいくぐらいに技術を習得したら次の店にいくという感じでした。
当時は石の上にも三年なんて待てないと思っていました。
結果的に20歳までにスタイリストになるという目標を達成

結果的に20歳までにスタイリストになるという目標を達成しました。
それどころか、なんと21歳にして独立を果たすようになります。
実家の近所のテナント が空いたと聞いた阿部さんは、その野心から手作りでサロンをオープンしたのです。
阿部さんの技術と人柄に加えて、縮毛矯正・ヘアカラー・エクステのブーム も後押しをしてサロンは一気に大繁盛しました。

ところが、それは長くは続きませんでした。繁盛に乗じた阿部さんは頻繁に海外旅行で遊ぶようになります。
不定期での臨時店休日が続くサロンに次第にお客さんは離れていきました。
阿部さんはサロンの閉店を余儀なくされました。
これが人生で最も大きな挫折であり、 これを機に社会人としての謙虚さを身につけた、と阿部さんは当時を振り返ります。


新たな美容文化に触れたアメリカでの修行 自分には美容師しかない。

「自分には美容師しかない。
もっとうまくなりたい。勉強をし直したい」このような想いから、阿部さんはアメリカでの修行を決意します。
数回にわたってアメ リカに勉強をしに行きました。
このとき阿部さんが最も強く学んだことは「オリジナリティ」の大切さだったと言います。様々な人種が入り乱れる国であること から人々は髪型にオリジナリティを求めていました。
そんな文化に触れた阿部さんは個々人に似合った髪型を追求することが何よりも重要だと実感しました。そ れまで以上に多種多様なヘアスタイルの人々に接したことは貴重な経験になったと阿部さんは言います。


アメリ カでカットの技術を習得

「欧米人は日本人よりも圧倒的に髪の量が多いんですよ。
でもスイてしまうとポワーって髪が広がってしまうのですね。
髪の量が多いのにスカないっていうの は、カットがしっかりしていないとシルエットが作れないってことですよね。
それを先駆けて行ったのがやっぱしヴィダル・サスーンだと思います。
私もアメリ カでそういったカットの技術を習得しました。
まあ奇抜な頭をいっぱい作っている時代もありましたしが、色んなことをやってきたから今があるんですね (笑)」


hair&times make be-taの出店

アメリカでの創造性あふれる文化に触発された阿部さんは帰国後、都内の仕事に精を出します。
ファッション誌・CDジャケット・イベント・ロケ撮影といった エンターテイメント業において、ヘアメイクに特化した仕事を行います。そのスキルの幅をさらに広げることとなりました。

その後、準備期間を経て高崎駅前に 「hair×make be-ta」の出店を行います。
満を持してオープンさせたこのとき、27歳の阿部さんは21歳のときとは比べ物にならないほどに成長していました。
人とし て経営者として美容師として経験を積んだ阿部さんに対し、瞬く間にお客さんが付きました。


そして今——。

焦りながらずっと一人で走ってきた阿部さんには、hair×make be-ta+に向けて強い想いがあるそうです。
現場主義というのは変わりません

「現場主義というのは変わりません。
今まで幅広く培ってきた技術に今後は厚みを出したいと思います。
もっと歴史を重ねて技術を追求したいですね。それに せっかくお店を切り盛りしているんだったら、自分のやりたいように人生を描ければ最高じゃないですか。
そうなると同じ志を持つ仲間が欲しいですよね。
お金 儲けは全然興味がないので、仲間であるスタッフに還元して、美容師の技術を磨いてもらい、幸せにさせてあげたいです。
そして強いてはお客様も幸せにしたい と思っています」



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